10.26 反原発デー 県民集会 @山口 報告

[いのちの海を守れ!さよなら上関原発!10.26 反原発デー 県民集会]

少し時間をさかのぼります(出だしはあまりよく分からない書き方になりますが)。

いつだったか上関町内で行われた「上関原発反対」デモの時、祝島の人たちと歩いている最中、ある会話が耳に入りました。自分はその意外な見解を聞いてあることを思いつき、次の機会があれば試してみようと思いました。

次の「上関原発反対」デモは13年の春、山口市で、安倍さんが山口市内をうろちょろする日と重なりました。ゲストで管元首相やチバレイコさんなんかが来た日でもあります。

私は福岡の反原発ドラマー・ハナキンさんを呼び、拡声器とタイコも用意しておきました。当日、馴染みのメンツも集まりました。とりあえず初めはデモの最後尾で邪魔にならない程度、自分たちの小さなブロックでも作れたらいいなと、それぐらいの気持ちでいたのです。

するとタイコを抱えている私たち、とういうか私を発見した祝島のT師匠が「祝島ブロックの後ろについて」と粋なはからいをしてくれました。この日は祝島のシュプレヒコールもなかったので、うるさいと思われないか心配しつつ、私たちはいつもやっているスタイルでタイコとコールをしました。

ですが、真ん中にいる私たちの音声と、先頭の主催者による音声がかぶっているのを感じ、気を使って真ん中に位置する祝島ブロックと距離を取り、やや後方に私たちは下がって行きました。

デモが商店街にさしかかったところでT師匠がこちらへ走って来ました。「自民党がいる!急いで祝島にくっついて!」うろちょろしている安倍さん待ちの大観衆がそこに存在していたのです。T師匠の粋なはからい再び。

私たちは早足で祝島ブロックに追いつくことと同時に、渾身の力で安倍さん待ちの大観衆に「上関原発はいらない」と訴えました。

デモが終わった後、T師匠がまたこちらへ駆け寄って来ました。「祝島のおばちゃんたちが "あの人たち良かったねー!" って喜んじょったよ!」と興奮した面持ちで伝えに来てくれたのです。

私はやっぱりそうなのか!と嬉しくなりました。たぶんこれまで、祝島の人たちは、私たちのようなデモ・スタイルの人間とあまり一緒になったことがないのではないかと思ったのです。そして上関町での会話を聞いて、私たちの元気モリモリなスタイルは、祝島の人たちにきっと受け入れられるだろうと予測していたのです。先日の「山口県漁協・抗議」の時に、祝島のお婆ちゃんが1人でそれっぽいコールをしだしたのにも驚かされたのでした。 *祝島ではなく平生町のお婆ちゃんだと後日判明

昨日、10月26日の集会とデモ。かなり人が集まったと感じました。さっそく祝島のお婆ちゃんが来て「よう来たねー!今日も頼むよー!」と声をかけてくれました。あの時のことを憶えていてくれたのです。

今回は祝島ブロックが先頭を行き、T師匠と清水さんが祝島スタイルのシュプレヒコールをしました。そこにハナキンさんと私がビートを乗せる感じでとT師匠にも話しました。アーケードでは音が響くので、途中からタイコを止めました。

祝島スタイルの時は、タイコがあってもなくてもどっちでもいいかなと考えていたところ、清水さんが来て「いやータイコはやっぱり盛り上がりますねー!」と満面の笑みで言うではありませんか。次はお婆ちゃんが来て「今日も良かった良かった!また頼むよ!頑張りましょう!センキュー!」で握手を求められ、私もセンキュー!と返して握手しがっちり抱擁。お婆ちゃんの手はもうガサガサのゴワゴワで、長い間働いてきた人の手だな~と感じました。

お婆ちゃんが生きている間に建設を断念させたい、そう思うとなんだかウルッとしてしまいましたが、祝島の人たちはこんな時でも笑い声がたえません。引率的役割のT師匠と清水さんが、お婆ちゃんたちに愛情たっぷりで接する姿も垣間見れて、バスで帰る祝島の人たちをハナキンさんと2人見送りました。

デモが中国電力・山口支店にさしかかると清水さんがコールの内容を変えました。

「中電は上関から出て行けー!」

私も叫びました。

「中電は上関から出て行けー!」



*画像がなくてごめんなさい
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by antiagainstanti | 2013-10-27 07:04 | ANTI TWEET BOOK


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